JASIS WebExpo 2020-2021
新技術「せん断流動下の動的粘弾性」測定法
概要
「せん断流動下の動的粘弾性」測定法では、複雑系流体(ソフトマター)の内部構造の流動による変化を捉え、従来法の定常流粘度測定や動的粘度測定では捉えきれなかった性質を調べることができます。流動している、より実環境に近い状態で物質の流動特性を把握することができる、これまで無かった測定法です。
レオロジー測定の新たな可能性
せん断流動を与えた場合に剛性率がどの様に変化するかという、新たな視点で測定値を解析するため、従来法では判別できない試料の特性の違いを明らかにします。試料部は、使いやすく設計されていて様々な流体に対応します。米飯のような半固形物用、あるいは、血液のように感染対策が必要なものが安全に扱えるオプションも用意されています。この測定法で、米飯の測定では美味しさの違いを数値化できる可能性を示すことができました。流体の粘りの質的な違いを計測する手法であるため、化粧品の感触の違いなど、感触のレオロジー(サイコレオロジー)の分野での有効性が見込まれています。血液レオロジーの分野においてもこの測定法が活用できると期待されます。
測定原理
「流動下の粘弾性」測定は、図の赤線で表される動的粘弾性測定に緑線で表される定常流を重ねた駆動(黒線:重畳測定モード)によって行います。駆動状態は平行平板ジオメトリの動画 の後半をご覧下さい(動的粘弾性の振幅を大きくして若干誇張した動作をさせています。)せん断流動下で通常の動的粘弾性と同様に粘弾性測定を行い、貯蔵剛性率、損失剛性率と共に、せん断流動による粘性率も測定します。
図1 重畳測定モードの動作:黒線
測定される物性量(1):粘弾性の流動による影響 せん断流動( )下の貯蔵・損失剛性率(G’( )、G”( ))と流動のない時の値(G’(0)、G”(0))の比が特徴を表す指標となります。式で表すと次のようになります。 G’r ≡ G’( )/G’(0) …(Eq.1) G”r ≡ G”( )/G”(0) …(Eq.2)
測定される物性量(2):流体内部構造の壊れにくさ、「流体のデボラ数」
デボラ数は、緩和時間/観測時間として定められる無次元数です。固体のように見える物体も観測時間を長く取れば流動を観測できる、という趣旨ですが、ここでは液体の中の固体性が見えると言う意味合いで使います。 「流動下の粘弾性」測定から算出される複素粘度(|η*|)に対する定常流粘度ηの比は、「流体のデボラ数」 De として複雑系流体の有用な指標になると考えられます。
De ≡ η / |η*| …(Eq.3) (ω を動的粘弾性測定の測定周波数とすると、1/ω を観測時間としています。)
説明: 「流体のデボラ数」の意味合い
下図のように内部構造が流動で引き伸ばされたとき、歪みが大きくなるまで構造が壊れなければ剛性率Gに対して粘度η(せん断応力σに比例)が大きくなります。これがデボラ数Deを増大させる要因と考えられます。このため、Deは、内部構造の壊れにくさ『靱性』を表していると言うことができます。
図2 デボラ数増大の考え方
※重畳するせん断流動は、振動駆動の周期当たりの変位量として、整数値(n)で装置に設定されます。以下の測定例で、Indexと表記されているのはこの n になります。尚、定常流せん断速度 は、kを装置定数として = knω、k〜0.02です。そして、「せん断流動下での粘弾性」のパラメータとしては、( /ω )、即ち、この n(Index)を使う方が優れている場合が多いことが分かっています。
付随するメリット:絶対値に依存しないこと
これら3つの指標は全て試料のレオロジー性質の相対的な値です。そのため、粘度等の絶対値に影響されず、これが大きなメリットになります。例えば、試料の濃度が乾燥等で変化すると粘度自体は大きく変化することがありますが、これらの指標は性質が変化(下記測定例1のゲル化のような変化)しない限り値を維持すると考えられます。単純な濃度効果を排除した流体の特徴抽出が簡単にでき、新製品の開発等に大きく貢献すると予想できます。
測定例1 ゼラチンのゲル化の測定
下図、ゼラチンのゲル化の測定は、時間ゼロで温度を下げゲル化を開始させ、ゲル化によって各測定値がどの様に変化するかを見たものです。
図3 貯蔵弾性率 G’、損失弾性率 G”、粘度の測定値が測定期間を通じて上昇し続けているのに対し、デボラ数はゲル化時の物性変化の瞬間を明確に捉えた変化を見せています。
測定例2 米飯の食感
冷蔵保存した米飯とそれ を電子レンジで再加熱したものの比較しました。(平行平板ジオメトリ使用)
特にIndexが1の測定で、電子レンジで加熱するとDeの上昇が顕著です。
この手法によって食感を数値化できる可能性を示しています。
図4 米飯のデボラ数測定 冷蔵庫に保存したもの(図中のstored印)と、それを電子レンジで加熱したもの(同MW)をIndex(上記参照)と測定周波数を変化させてデボラ数(De)を測定しています。電子レンジ加熱でDeの顕著な増大のあることが分かります。
測定例3 ハンドクリームの比較
ブランド 'A' 及び 'H' のCream系とGel系4品をを比較測定しました。下図の粘度のせん断速度依存性では、粘度の差は出ているが感触につながる差は分かり難い結果になりました。これに対し、下表の「流動下の粘弾性測定」の結果は、Cream系とGel系の違いが緑マーク、ブランド ‘A’ と ‘H’ の違いが黄色マークの所で明確です。Deの違いも大きく感触との相関も十分にあります。なお、G”rが1より小さいのはせん断を加えると抵抗が減少することを示しており、感触との関係が明瞭で、Cream系’A'のハンドクリームはつるっと滑る感触があります。同じクリーム系でも'H'ブランドはむしろ滑り止めになる感触です。
表1 ハンドクリームの測定例
図5 定常流粘度のせん断速度依存性
測定例4 化粧品基剤の比較
化粧品増粘基剤として使われる、カルボマーとHEURのデボラ数Deをパラメータを変えて測定しました(下図)。カルボマーではindex値が大きいとき周波数依存性が逆転する、HEURではDeの周波数依存性が大きい、と言った特徴が分かります。周波数依存性が大きいHEURでは低周波数でDeの値が1に近く、ゆっくりした動きでは粘りが少なく感じられると予想できます。逆に、高周波数ではDeが大きく、粘りが大きいという結果なので、HEURは感覚の速度感に違いがあれば個人差の大きい感触を生む可能性がある基剤であるとも考えられます。
また、G'rのみ掲載しましたが、G'r、G"rの測定では、Deの測定とは違った試料の特性が現れます。
図6 デボラ数(カルボマー)
図7 せん断流動の動的弾性率に与える効果 (カルボマー、横軸はIndex)
図8 デボラ数の測定(HEUR)
図9 せん断流動の動的弾性率に与える効果 (HEUR 横軸はせん断速度)
G'rの増大がせん断速度に依存して発生 していることが分かります。